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2017/02/16

「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」

Tweet ThisSend to Facebook | by 管理人
◆「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」【著】嶌 信彦(角川書店)をご存知でしょうか?
・著書の内容紹介では「四大劇場の一つとされたオペラハウス、ナボイ劇場。いまもウズベキスタンの誇りとなっている壮麗な劇場を建てたのは、シルクロードに抑留された、若き日本兵捕虜だった。大地震にも耐えた堅牢な造り、美麗な内装。彼らの誇りと意地をかけた仕事は、収容所長をはじめ、現地の人々の心を動かし、語り続けられ、日本人伝説となった。シルクロードに伝説を刻んだ男たち。その埋もれた偉業が、いま初めて明かされる!!」とあります。
◇このオペラハウスをしっかり見学することが、今度の旅の大きな目的でもありました。
◇でもその日は、楽しみにしていたオペラ公演が、1週間前に突然キャンセルになり、6年越しに観劇を心待ちにしていたので諦めきれず、せめて内部の見学だけでもできないかと、劇場の周りを歩いていた。
 たまたま軍服姿のウズベキスタン兵士ひとりと出逢い、いっしょに写真に納まった後、「日本にはどういう印象をもっていますか?」と、トランスレイターのウズベク語版で質問したら、図らずも英語で答えがかえってきた。
◇「日本は、第二次大戦で、非常に大きな被害と苦しみを受けたのにかかわらず、決して報復をせず、平和を願ってやまない国だ。争いとか闘いとかを、口にすることさえ、はばかる民族だと思う」と答えた。
◇家内が「憲法で守られています」と問い返すと。「憲法の問題ではありません。日本人の体質が、そうさせているのです」と、その兵士は、何度も『憲法の問題ではない!』と強調して、家内と二人をおどろかせた。
◇彼はまた、10年前に、北京で軍隊の訓練を受けたとも言ったが、そういう日本観をいったいどこで、だれによって身につけたのか?聞いておけばよかったと、今さらながら悔やまれる。
 そして、『このオペラ劇場が、旧日本兵の労働によって建てられたことは、このタシケントの街だけではなく、国中の人々が知っている』と静かに語った。
◇旧日本兵の誠実さや正直さ、いつ帰国できるともわからない不安と寒さの中での、ウズベク人たちに対する優しさや思いやりが、1969年の地震にも耐え抜いた建物とともに、こうして70年以上たった今も、不動の評価になっている。
 ケガや病気で、無念にも異国の地に葬られた若き数百人の日本兵を思い(翌日墓参)、彼らに恥ずかしくない生き方をしたいと強く胸に刻んだ1日でもあった。
(それぞれの写真をクリックすると大きく見えます)
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